まもなく8月15日終戦記念日がやってくる。今年は戦後60周年と大きな節目を迎えている。
8月6日に行われた広島の原爆死没者慰霊式・平和祈念式、そして9日に行われた長崎の原爆死没者慰霊平和祈念式典の模様はここイギリスでもITV、BBCなどのテレビのニュースで取り上げられた。またBBCでは7日には広島に原爆投下を行うまでの過程を再現、被害状況を取り上げた一時間のドキュメンタリー番組も放送された。


何ヶ月前になるだろうか。私はハワード(仮名)という患者さんを受け持った。
ある日、ハワードに「キミは日本人か?」と聞かれた。
「はい」と答えると、
「お願いがあるんだ。日本の絵葉書をもっているのでなんて書いてあるか訳してくれないか?家族にいって家から持ってきてもらうから」と言われた。

翌日、出勤してハワードの所へ行くと丁寧にファイルされた数枚の絵葉書を渡された。
確かに日本の絵葉書だった。でもそれらの文章を読んで私はビックリしてしまった。

「○○くん、調子はいかがですか?シベリアは寒いです。冬になるとスケートができるそうです」
「XXくん 最前線でがんばっていますか?こちらもかわりないです。」
などと書かれていた。所々文字が薄くなっていて読みづらいところもあるが、内容からしてあきらかに戦時中最前線にいた兵士に送られたもののよう・・・・。

夜も遅かったのでハワードには朝までに訳しておくからといって、そのファイルを預かった。

そのときはどこでこれらを手に入れたのかハワードに聞くことができなかった。
戦争中、日本兵はイギリス人兵士を捕虜にし、残虐な拷問や労働を強いた。そしてそのもと捕虜の人々は日本政府へ謝罪と補償を求めているという。ナーシングホームでボランティアをしていた子がイギリス人の患者さんからの日本人だということで罵られたという話を思い出したから・・・。
そして日本の天皇・皇后両陛下がイギリスを何年か前に訪問したときのこと。もと捕虜の人々は訪問パレードに背を向けて抗議行動を行った。

もしハワードがこれらの絵葉書を戦場で手に入れたのであれば、ハワードは日本兵と戦っていた?まさかもと捕虜だったのか?当時のことをよく知っているのであれば、日本に対して怒りを感じているのか?
いろいろ考えてしまい、ハワードがどのようなリアクションをとるのか怖くて、情けないけどそのときの私は戦争にふれるのをさけてしまったのだ。

仕事の合間に私はそれらの絵葉書に書かれていたことをそのまま英語に訳して紙に書いておいた。
次の日の朝、私が勤務を終えるときはハワードはまだ寝ていたので絵葉書と英語訳、そしてまた今晩来るからとメモを置いて帰った。

そして夜、出勤して日勤スタッフから
「ハワードはすごくH iに感謝してたわよ。あの絵葉書、とっても大切にしていたらしいわ。夕ご飯の後もずーっとながめていたわよ」
と言われた。

ハワードの所へ行くと、お礼を言われた。
あの絵葉書はハワードがミャンマー(旧ビルマ)で日本兵を追いかけているときに拾ったのだという。絵柄が綺麗だったのでファイルにしてとっておいたが、50年以上も何が書いてあるかわからずずっと知りたかったそうだ。
「日本とイギリスは戦争していた。でももう何十年も前の話だ。私たちは今憎みあったりするのではなくて二度とあのようなことがおこらないように考えていくべきだよね」と言われた。

たくさんの犠牲者をだして、今もなお人々の心に大きな傷を残して、国と国と間にもしこりをのこして。いまでも世界中の至る所で争いは絶えない・・・・。

日本では戦争の体験者である当時の様子を語り継いでいる人たちも高齢化し、今後どのように次の世代へ伝えていくか課題にもなっていると聞いた。

これらの歴史を過去のものとして片付けてしまうことのないように
いつまでも憎みあうことのないように
二度とあのような悲しいことがおこらないように
世界でいまだに争いが絶えないことから目をそらさないように
無関心にならないように
平和について考えていこうと思う

リボンリンクをさせていただいているぺこさんのぺっこり日記にも60年目の広島原爆の日によせて平和への思いが書かれていましたので、トラックバックさせていただきました。