前回の夜勤で、別の日に私はもう一人の患者さんの死を看取った。
リサ(仮名)は75歳で原発不明癌、多発性転移。腫瘍が見つかったが、リサは精密検査をうけていなかった。検査を受けなかったのは彼女が拒否したからではない。腫瘍が多数の臓器で見つかり、既に全身状態も悪かったので積極的治療することなく緩和ケアの適応になったようだ。
入院して数日の間にリサの状態はますます悪化していき、本人も捕らえどころのない苦痛を訴えていた。
身体のむきを頻回に変えてほしいという。それでも彼女は安楽は得られず、むしろ苦痛が増しているかのようにも見えた。Zormorph(持続性のモルヒネカプセル)を定期的に内服し、それでも疼痛があるときにはOramorph(モルヒネ水)で対処していた。また不安緩和やリラックスさせるためLorazepam(Benzodiazepine,ベンゾジアセピン)を投与して症状のコントロールをはかっていた。
やがて薬の内服も困難になりSyringe DriverでDiamorphineとMidazolam(ドルミカム)を持続皮下注することになった。
リサの旦那さんにもリサの状態が悪化していること、死は近いと言うことが伝えられた。
彼女には旦那さんはいたが、子供はいなかった。旦那さんはリサのことを
「とてもいい妻だ。でも、彼女は沈んで落ちこんでいることが多くかった」と言っていた。
けして仲の悪い夫婦ではない、と日勤スタッフは言っていた。
リサの旦那さんはリサがなくなるときはベットサイドにはいたくないと希望した。リサの意識が無いのならいる意味も無い、夜間の死亡時も電話連絡は朝にして欲しいと言われた。
家族の死に目に会わないと言うのは考えられないという人もいるかもしれない。
日本で働いていた時は肺癌で蘇生をしないとあらかじめ決めていても、亡くなったときに家族がいなかった場合は到着まで心臓マッサージ、人工呼吸をしたこともあった。
しかし、この1年ホスピスで働いていて最期のときベットサイドにいたくないという家族に何度か出会った。主な理由は元気だった頃、幸せだった頃を思いでとしておきたいから。最期の瞬間を思い出すのは辛くなるだろうから、などいろいろだ。
私たちは家族の意思を尊重し、患者の最期を看取る。
リサは私たち夜勤スタッフが出勤してきた時にはDeath rattle(死前喘鳴)の為に呼吸するたびゴロゴロと音がしていたが、顔は穏やかで眠っているようだった。Syringe Driver によって安楽は保たれているようだった。
このDeath ratteleにはHyoscine Hydrobromide(臭化水素酸ヒオスシン)またはScopolamine Hydrobromide(臭化水素酸スコポラミン)の投与が有効とされる。抗コリン作用により気管内分泌物の産生を抑制するためである。
私たちの働くホスピスではHyoscine Hydrobromideと同様の効果が得られるとされるため、まずはHyoscine Butylbromide(Buscopan)が使われ、無効の場合にHyoscine Hydrobromideを投与する、ということが多い。
大きな理由はコスト。Hyoscine Butylbromide(Buscopan)が1アンプル(20mg/ml)あたり20ペンスに対して、Hyoscine Hydrobromideは1アンプル(400mcg/ml)あたり2ポンド71ペンスもするのだ。
たった2ポンド50ペンスの差でなんてけちな・・・と思う人もいるだろうが、ホスピスでよく使う薬品だけに、年間の使用量・コストを考えるとかなりの額になってしまうらしく、効果が同じと言うのなら安いほうをまず使う、という感じ。
私は日本で呼吸器内科で働いていてたくさんの肺癌の患者さんを看取ったがこのDeath rattleに関しては薬品は用いた記憶がほとんど無い。痰吸引か体位変換で対処していた。
Hyoscine Butylbromide(Buscopan)は消化器系の疼痛に対して使っていたという記憶だったのでDeath rattleに対してはじめは本当に効果があるのかと不思議な気がした。
確かに効果のあった例もあるが、ほとんど変わらなかったたという例もある。
看護師によっても意見が分かれる。それにDeath rattleは完全に取り除くことができないこともある。
本人は意識が無いためDeath rattleは苦痛では無いとされる。家族によってはDeath rattleをとても苦痛に思い、みているのが辛そうだが、本人には苦痛が無いというのを説明し、理解を得るようにしている。
また体位交換(側臥位)するとDeath rattleが軽減することもある。
ホスピスでは痰吸引はほとんどのケースで行っていない。Death rattleは吸引では取り除くことができないばかりか患者にとっての苦痛が大きいため。
リサは夜の10時すぎ、下顎呼吸になっていた。もうまもなく、リサはまもなく最期のときを迎えるだろう。私は同僚の看護師に知らせて、ベットサイドの椅子に座った。
Auxiliary Nurseのジャッキーもベットサイドにやってきた。
リサの手を握って、ふと思った。人生の最期のときに旦那さんがそばにいなくて私たち看護師に看取られることをリサはどう思っているのだろう。
リサは旦那さんの意思を尊重しているのだろうか。それとも寂しく思っているのだろうか・・・。
だんだん呼吸が不規則になり、回数が減ってきた。リサはついに逝ってしまう、と思ったときに、リサの左手がゆっくりとかすかに動いていた。そしてその手を握っていた私の手をあたかも握り返すかのようにかすかに力がこもった。驚いてリサの顔を見るとかすかに動いた気がした。
そしてリサは息を引き取った。
同じようにリサの右手を握っていたジャッキーも私と同じ感覚を感じていた。
「まるで”最期にありがとう”って握りかえしてくれたみたいよね」とジャッキーは言った。
単なる筋肉の収縮だったのかもしれない。
でも、ジャッキーの言うようにリサが思ってくれていたらいいなと思う。
リサ(仮名)は75歳で原発不明癌、多発性転移。腫瘍が見つかったが、リサは精密検査をうけていなかった。検査を受けなかったのは彼女が拒否したからではない。腫瘍が多数の臓器で見つかり、既に全身状態も悪かったので積極的治療することなく緩和ケアの適応になったようだ。
入院して数日の間にリサの状態はますます悪化していき、本人も捕らえどころのない苦痛を訴えていた。
身体のむきを頻回に変えてほしいという。それでも彼女は安楽は得られず、むしろ苦痛が増しているかのようにも見えた。Zormorph(持続性のモルヒネカプセル)を定期的に内服し、それでも疼痛があるときにはOramorph(モルヒネ水)で対処していた。また不安緩和やリラックスさせるためLorazepam(Benzodiazepine,ベンゾジアセピン)を投与して症状のコントロールをはかっていた。
やがて薬の内服も困難になりSyringe DriverでDiamorphineとMidazolam(ドルミカム)を持続皮下注することになった。
リサの旦那さんにもリサの状態が悪化していること、死は近いと言うことが伝えられた。
彼女には旦那さんはいたが、子供はいなかった。旦那さんはリサのことを
「とてもいい妻だ。でも、彼女は沈んで落ちこんでいることが多くかった」と言っていた。
けして仲の悪い夫婦ではない、と日勤スタッフは言っていた。
リサの旦那さんはリサがなくなるときはベットサイドにはいたくないと希望した。リサの意識が無いのならいる意味も無い、夜間の死亡時も電話連絡は朝にして欲しいと言われた。
家族の死に目に会わないと言うのは考えられないという人もいるかもしれない。
日本で働いていた時は肺癌で蘇生をしないとあらかじめ決めていても、亡くなったときに家族がいなかった場合は到着まで心臓マッサージ、人工呼吸をしたこともあった。
しかし、この1年ホスピスで働いていて最期のときベットサイドにいたくないという家族に何度か出会った。主な理由は元気だった頃、幸せだった頃を思いでとしておきたいから。最期の瞬間を思い出すのは辛くなるだろうから、などいろいろだ。
私たちは家族の意思を尊重し、患者の最期を看取る。
リサは私たち夜勤スタッフが出勤してきた時にはDeath rattle(死前喘鳴)の為に呼吸するたびゴロゴロと音がしていたが、顔は穏やかで眠っているようだった。Syringe Driver によって安楽は保たれているようだった。
このDeath ratteleにはHyoscine Hydrobromide(臭化水素酸ヒオスシン)またはScopolamine Hydrobromide(臭化水素酸スコポラミン)の投与が有効とされる。抗コリン作用により気管内分泌物の産生を抑制するためである。
私たちの働くホスピスではHyoscine Hydrobromideと同様の効果が得られるとされるため、まずはHyoscine Butylbromide(Buscopan)が使われ、無効の場合にHyoscine Hydrobromideを投与する、ということが多い。
大きな理由はコスト。Hyoscine Butylbromide(Buscopan)が1アンプル(20mg/ml)あたり20ペンスに対して、Hyoscine Hydrobromideは1アンプル(400mcg/ml)あたり2ポンド71ペンスもするのだ。
たった2ポンド50ペンスの差でなんてけちな・・・と思う人もいるだろうが、ホスピスでよく使う薬品だけに、年間の使用量・コストを考えるとかなりの額になってしまうらしく、効果が同じと言うのなら安いほうをまず使う、という感じ。
私は日本で呼吸器内科で働いていてたくさんの肺癌の患者さんを看取ったがこのDeath rattleに関しては薬品は用いた記憶がほとんど無い。痰吸引か体位変換で対処していた。
Hyoscine Butylbromide(Buscopan)は消化器系の疼痛に対して使っていたという記憶だったのでDeath rattleに対してはじめは本当に効果があるのかと不思議な気がした。
確かに効果のあった例もあるが、ほとんど変わらなかったたという例もある。
看護師によっても意見が分かれる。それにDeath rattleは完全に取り除くことができないこともある。
本人は意識が無いためDeath rattleは苦痛では無いとされる。家族によってはDeath rattleをとても苦痛に思い、みているのが辛そうだが、本人には苦痛が無いというのを説明し、理解を得るようにしている。
また体位交換(側臥位)するとDeath rattleが軽減することもある。
ホスピスでは痰吸引はほとんどのケースで行っていない。Death rattleは吸引では取り除くことができないばかりか患者にとっての苦痛が大きいため。
リサは夜の10時すぎ、下顎呼吸になっていた。もうまもなく、リサはまもなく最期のときを迎えるだろう。私は同僚の看護師に知らせて、ベットサイドの椅子に座った。
Auxiliary Nurseのジャッキーもベットサイドにやってきた。
リサの手を握って、ふと思った。人生の最期のときに旦那さんがそばにいなくて私たち看護師に看取られることをリサはどう思っているのだろう。
リサは旦那さんの意思を尊重しているのだろうか。それとも寂しく思っているのだろうか・・・。
だんだん呼吸が不規則になり、回数が減ってきた。リサはついに逝ってしまう、と思ったときに、リサの左手がゆっくりとかすかに動いていた。そしてその手を握っていた私の手をあたかも握り返すかのようにかすかに力がこもった。驚いてリサの顔を見るとかすかに動いた気がした。
そしてリサは息を引き取った。
同じようにリサの右手を握っていたジャッキーも私と同じ感覚を感じていた。
「まるで”最期にありがとう”って握りかえしてくれたみたいよね」とジャッキーは言った。
単なる筋肉の収縮だったのかもしれない。
でも、ジャッキーの言うようにリサが思ってくれていたらいいなと思う。