イギリスには子供向けのホスピスがあるので、私の働くホスピスは20歳以下の患者さんは入院してこない。入院患者さんも20~40歳代はあまりいない。そのためか親が健在の患者さんを看取った経験はそんなにない。

この前、40歳代の患者さん(ローズ:仮名)を受け持った。ローズには旦那さんと10代の子供が二人、そしてローズの両親は健在だった。症状コントロールのための入院してきた。
癌による骨転移から骨折をしており、リスクはあるがその骨折部位をプレートで固定する手術を勧められたが、ローズは拒否していた。

「手術に私の体力が持つのか・・・。麻酔から目を覚ませないかもしれない。手術をすれば病院に滞在しなければならず、その分大切な時間が削られてしまう。私は遠くないうちに死んでしまうから。時間を大切にしなければ・・・」
そんなローズはいつも笑顔を作り、気丈に振舞っていた。

ローズはホイスト(移動用リフト)がなければベットから動けない身であったが、「メモリーボックスを完成させたいから」と退院を希望した。

彼女は残される家族、とくに子供たちのためにメモリーボックスを作っていた。家族に当てた手紙、みんなが幸せにしている写真や思い出の品々をつめていた。それに入れる写真やものを整理したいからと退院をした。そして残された時間を家族と過ごすために。

彼女のかかりつけ医(GP)、訪問看護師、ケアラー、介護物品、家の受け入れ準備が整うと同時にローズは退院した。
万が一のためにホスピスではローズが退院してから1週間ほどベットをキープしていた。状態が悪くなったときにすぐに再入院できるように。

しかし、私たちはローズから何も連絡はなかった。日勤スタッフが連絡をしたら大丈夫とのこと。それから数週間後、ローズはターミナルケア目的で入院してきた。すでに内服は困難な状態でGPがシリンジドライバーによって持続皮下注射で麻薬などの症状緩和のための薬剤の投与を開始されていた。

私の勤務帯にローズは家族に見守られて穏やかに息を引き取ったが、その家族の姿はあまりにも痛々しかった。子供たちはもちろんのこと、とくに大きなショックを受けていたのがロースの父親だった。

「かける言葉が見つからない・・・」
ローズの父親はまさにその状態。放心状態で、硬直したまま、泣くこともできず、話すこともできず、ただただベットサイドにたたずんでいる

日本に帰国したときたまたま読んだ雑誌の中に瀬戸内寂聴さんの話が載っていた。

 死の法則には順序がない。
 子供が親より先に死ぬことを逆縁といって、死別の中でも、残された親は最も辛い。


この言葉がずっと心の中に残っていた。
国や宗教、文化は違っても、愛する人を失う悲しみは世界共通だ。


子供たちも泣いていた。
「あなたたちのお母さんはとってもすばらしい人でしたよ。どんなにつらくても一生懸命前向きに生きてたんだよ」と声をかけた。
今はお母さんを失ってつらいだろう。でもいつか、落ち着いたときに自分のお母さんはとてもすばらしい人だったと誇りに思って欲しい・・・。そう願わずにいられなかった。


ホスピスで患者さんが亡くなると「Bereavement Form」というものを看護師は記入し、ファミリーサポート担当看護師に提出する。

家族構成、誰が特にかかわっていたか、家族間の問題はあったか(人間関係、財政、など)、過去の死別、そして患者さんの亡くなったときの状況など、記入することがいくつかある。
もちろんファミリーサポート看護師は患者さんの入院時からかかわっているケースもあるので、このフォームをだすまでもなく、状況を把握しているケースもあるが。

そして最後の質問。
「どの程度サポートが必要だと思いますか?」
私はこの質問がはっきり言って好きではない。どの程度ってどうやって計れと言うのだ・・・。どの家族も悲しみに沈んでいる。
私はたいてい中等度に丸をつけてあとはファミリーサポート看護師の判断に任せている。

今回は、高度のサポートが必要に大きくマルをつけた・・・。

どうか、家族の悲しみが少しでも癒えますように・・・。