現在、仕事の合間に大学の緩和ケアのコースへ週に1回通っている。
そのコースの課題の一つに
「緩和ケアに関連する施設・職種を訪問し、それらが、どのように緩和ケアの原理・見解を果たしているのかそのあり方を評価しなさい」
というものがある。

その訪問は最低5日間、と指定されているものの、どこへ行くかの選択は生徒の自由。
ホスピスで働いていない生徒だったら、ホスピスで5日間働くというのもあり。
5日間まったく別の所へ行くのもあり。
ホリデーでインドに行った生徒の中にはインドのホスピスを訪れた人もいた。

私の訪問・第一弾はFuneral Directors。日本語で言うと”葬儀屋”。
葬儀屋が緩和ケアに関係するのか?と疑問に思う人もいるかもしれない

でも、緩和ケアは患者さんの生存中だけでなく、患者さんが亡くなった後の家族・近親者の死別のサポートも含まれている。
患者さんが亡くなった後、何をしなければならないのか、葬式はどのようにアレンジするのかなど知ることは重要だと思った。とくに私は日本人でイギリスの葬儀の知識は余りないので、葬儀屋を訪れることにしたのだ。
実際、患者さんが亡くなったとき、これからどうするのか、と家族に説明する機会がけっこうあるのだ。

私は隣町にある小さな家族経営の葬儀屋を訪れた。
葬式を行う上で日本とイギリスの大きな違いは、日程。日本は宗教上の理由などで多少違いはあるものの、葬式は亡くなった後、次の日にはお通夜、そして翌日には告別式とけっこうすぐに行われると思う。
しかし、イギリスはけっこう遅い。1週間後・遅い人では2週間後なんてこともある。
その間遺体は葬儀屋の冷蔵室で保管されるので腐敗することはないのだか・・・。
私が葬儀屋を訪れたときは冷蔵室に6体の遺体が安置されていた。

この葬式の時期については長所短所があると思う。
例えば、日本のように葬式をすぐにやる場合。死別の哀しみのどん底にあるような時に、ばたばたと葬儀の準備をしなければならず、遺族にとってはけっこう精神的にも身体的にも大変である。
しかし、イギリスのように葬儀が1週間後だと、葬式が終わらないことにはなかなか心の整理がつかず、葬式まで哀しみに明け暮れていたなんて話も聞く。

葬儀屋にはすべての宗教に対応できる礼拝室があるので家族は葬式の前に故人に会いにくることもできる。

ほかにも個室があり、プライバシーに配慮し葬儀の相談などをするようになっている。
宗教にそった葬儀を希望する人もいれば、型にはまらない葬儀を希望する人もいる。また葬儀屋は死亡登録以外は家族の希望により、代行もおこなっているので、ここでいろいろ話し合い、遺族のサポートをしてくれる。
(死亡登録:イギリスでは死亡後、5日(休日を除く)以内にレジスターオフィスへ届け出ることになっている)

そして火葬後の遺骨を保管する金庫。この中には、「妻が亡くなるまで保管」と書かれた遺骨もあった。夫婦そろってから、という希望だそう。

宗教にもよるが、イギリスでは埋葬(Burial)と火葬(Cremation)か選択する。患者さんが亡くなったとき、私たちは火葬かどうか確認しなければならない。火葬を選択した場合、ホスピスの医師以外にも、他の医師により患者さんの死亡を確認が必要なのだ。

イギリスの伝統的な葬式といえば、ガラスの馬車。
ガラス張りの馬車の中に棺とお花が安置され、運ぶというもの。偶然、町で見かけたことはあるが、今ではめったに行われないとのこと。年に1度くらいだそう。
そしてお値段もかなりするらしい。
BBCのWebsiteで写真を見つけたので参考までにこちらをクリック

葬儀の案内といえば、ときどき地元新聞などにのっているのを目にした人もいるかもしれない。
葬儀の日程と同時に、「お花・カードはいりません。XXへ寄付をお願いします」と書かれていることがある。
たいていが故人が入院していた施設、病院、ホスピス、また利用していた介護サービスやボランティアサービス宛に寄付を呼びかけている。
実際、私の働くホスピスへも、こう言った呼びかけで寄せられてくる寄付はけっこうな金額になり、ホスピスの運営にも役立っている。


余談になるが、イギリスにきて一度だけ私も葬儀に参列したことがある。
それは在宅介護のボランティアをしていたときのクライアントのジョン(仮名)の葬儀。
ジョンは脳梗塞を何度かおこし、その後誤嚥性肺炎で亡くなった。本人と家族の希望で、ジョンは入院もせず、自宅で家族と私たちボランティアに見守られて亡くなった。

そのジョンの葬儀は、ジョンが亡くなってから10日後だった。
イギリスの葬式に出席するのは初めてだったので、どんな服装をしたらよいのか分からず、ジョンの娘のブレンダに聞いたら
「ショッキングピンクじゃなかったら、どんな色の服でもOKよ。ジョンは真っ黒は好きじゃないと思うわ。そう言えば、ジョンはあなたのスカート姿好きだったわよね。アレでいいんじゃない?」と言われた。

ジョンが好きだった私のスカート姿とは・・・。黒のタイトのミニスカート。
(ジョンはお茶目な人でした・・・。私がたまーに化粧していると異常に嬉しそうだったっけ)
というわけで、私はジョンの好みを尊重し?ブラウスに黒のタイトスカートという服装で葬儀に出席した。

「お花はどうしよう・・・?やっぱり白がいいのかな?」とブレンダに聞くと
「ジョンは昔、白の花なんて葬式じみててやだって言ってたわ。」というので私が選んだ花は、オレンジのガーべラ。葬式なのに、こんなカラフルな色でいいかな、と思っていたけど、式当日、ジョンの家に届いた花たちは、「結婚式に持ってくのか??」というくらいカラフルにアレンジされたものもあって不思議な気分だった。

そのお葬式はなかなか変わっていました。
「宗教じみた式はイヤだ」とジョンが昔言っていたらしく、葬式というより、ジョンのお別れ会というイメージでした。
ジョンの9X年にわたる人生の歩みをジョンの娘・息子たちが紹介。
そしてミュージカル「キャッツ」で有名な「メモリー」にジョンの名前をいれて、ブレンダの知り合いによるエレクトーンでの弾き語り。
最後はジョンの棺がカーテンの奥に消え、哀しみの中で式はおしまいか・・・という所でオーケストラによる行進曲が流れたのにはビックリ。
あの行進曲はジョンの好みだったらしい・・・。

その後、ブレンダの家に場所が移り、お食事会。ケータリングによる食事の提供があり、みんなで食事をとりながらジョンの思い出話をして・・・。二時間程で家族以外の人は帰っていった。
残ったのはジョンの家族とボランティアたち。
ここからが、また変わっていた。
みんなお酒をけっこう飲んでいたのもあり、音楽をがんがんにかけて踊りだし・・・。ブレンダまで踊り出し。お葬式後とは思えない宴会並の盛り上がりになった。
後日ブレンダは「お父さんはにぎやかなの好きだったから、あれもきっと喜んでたわよ~」と楽しそうに語っていた。

後日、ジョンの遺骨を墓地にまいた。
ブレンダは遺骨でハート型を描いた・・・。これもジョンの好みだったのかな。