英国ホスピスコラム


イギリスの病院でマクミラン緩和ケア専門看護師
(Macmillan Palliative Care Clinical Nurse Specialist)として働くナースのブログ

2006年01月

ホスピスの大部屋

ホスピスというと個室をイメージする人が多いかもしれない。
日本にあるホスピスも個室が多いようだし。

私の働いているホスピスは2つ病棟があり、それぞれ10ベットずつ、合計20ベットある。
そのうち個室は7ベットのみ。
あとは4ベットの大部屋が2つ、3ベットの部屋が1つ、2ベットの部屋が1つ。

大部屋といっても部屋自体はかなり広くて、隣のベットとは少なくとも2メートル以上は離れていると思う。ベットの周りに面会の人が座っても広さ的には十分余裕がある。

個室にはターミナルケア目的の患者さん、とくに若い患者さん(家族が部屋に泊まりやすいように)、大家族の患者さん、夜間徘徊、不穏などの強い患者さん、感染症のある患者さんを優先的に入ってもらうようにしている。

しかし、いつもその希望に添えるわけでもない。
個室がいっぱいでターミナルケア目的の患者さんでも大部屋に入ってもらわなくてはいけないときもある。
そして、大部屋で患者さんが亡くなったとき、同室者にはスタッフが隠さずになくなったことを伝える。

数日前の夜勤で4人床の大部屋で患者さんが亡くなった。
ターミナルケア目的で入院していた患者さんで、息子さん、そのフィアンセ、そして奥さんに見守られてとても安らかに逝かれた。

ベットサイドに家族がずっとついていたのでカーテンは閉めてあったのでほかの同室の患者さんはみていなかったが。

翌日の朝、私は同室の3人の患者さんに昨夜その患者さんが亡くなったことを伝えた。
日本である講習会のときにこの大部屋での死と隠さずに伝えることについて
「今度は自分ではないかとショックを与えるのでは」ということを言われたことがある

たしかに、同室者の死はほかの患者さんにとってショックである。
はっきり言って、同室者の死をほかの患者さんに伝えるのはとても気が重い・・・。

しかし、大部屋の患者さんたちはお互い24時間同じ場所ですごしている仲間であり、患者さん同士、そしてその家族の人たちとも仲良くなっている。

仲良くなった人が突然ベットから消えたら・・・。
その死を伝えられなかったら・・・・。
それを隠されたら・・・・。

患者さんは死について話すことができなくなってしまうのではないかと思う。
死は隠すものではない。
誰にでも訪れるもの。

そして同室者の死から自分の死を意識し、そこから今までは自分の気持ちを表現できずにいた患者さんも死について深く話していけることもある。

大切なのはその伝え方だと思う。そしてその後のサポート。

私の場合、あわただしい雰囲気ではなく、落ち着いた雰囲気の中でゆっくり話すようにしている。
まずは、「実は・・・・悲しいニュースがあるんです」と。
ここで少し間をおく。このときに患者さんが私が同室者の死を伝えようとしていることに気づいていることもある。

「あそこのベットの○○さんなんだけど・・・・。」

「昨日亡くなったんです」

と、患者さんの反応を見ながら、ゆっくり、間をおきながら話していく。

「とても安らかに、家族と私たちに見守られて逝かれたんですよ」
と付け加える。

患者さんの反応はそれぞれ、まったく違う。

「次は自分の番なのか?」と聞いてくる人もいる。
「それは、私には分かりません。たぶん誰にも分からないですよ。」
私はたいていそう答えて「XXさんは、そう思うの?」と聞き返し、話を聞いていく

「安らかに逝けてよかったなあ・・・。自分もそういうふうに逝きたいなあ・・・」という人もいる。

「自分も眠りながら逝けるようにしてくれ」とお願いしてくる人もいる。

「○○さんはもう苦しまないね。よかった・・・」という人もいる。

「家族の人は大丈夫だった?」と心配している人もいる。

そしてほぼ7・8割の患者さんが
「教えてくれてありがとう」という。

ここで2年以上働いていて、大部屋で同室者の死を伝える機会は何度もあったが誰一人として
「何でそんなことを教えるんだ」と言った人はいない。

同室者の死を伝えたときのほかの患者さんの反応はスタッフ間の申しお送りでも話し合われ、その後みなでサポートしていくようにしている。


でも、大部屋だとプライバシーの確保が難しくなる。

大部屋で患者さんが亡くなるとき、たくさんの家族が付き添うこともあるが、そのような時は同室者の患者さんたちにその患者さんの状態がよくないことを伝えて理解を得るようにしている。

また、患者さんと周囲を気にせずにゆっくり話がしたいときなどもむつかしい。
動ける患者さんであれば、あいている部屋やQuiet Roomと呼ばれる静かに話をするための部屋に行ったりする。
でも、動くのが難しい患者さんもいるので、そのような時はカーテンやスクリーンを使ってプライバシーの確保に努めている。

大部屋で夜中遅くまでTVをみたい患者さんもいる。
そんなときはヘッドホンを使ってもらうようにお願いしている。

しかし、大部屋も悪いことばかりではない。
ホスピスというとターミナルケアのイメージが強いかもしれないが、ホスピスに入院してくるのはターミナルケアの患者さんばかりではない。
患者さんはターミナルケア目的以外にも、症状コントロール、レスパイトケア、リハビリテーションなどの目的で入院してくる。

症状コントロールはその名のとおり、不快な症状を緩和する目的で入院してもらうもの。
痛みが強い、吐き気が強い、などの症状を緩和し、落ち着いたら退院またはナーシングホームへ転院する。

レスパイトケアは主には患者さんのケアラーである家族に休養をとってもらうための入院。状況にあわせて1・2週間患者さんにホスピスに滞在してもらう。
家族がホリデーに行くとき、遠方に住むほかの家族に会いに行くときなど。

そしてリハビリテーションのための入院。ホスピス滞在中に理学療法、作業療法を受け、必要時には作業療法士が家に訪問し、(時には患者さんも一緒に家にいく)家の状況のアセスメントを行い、必要な介助器具の設置、ケアラーの派遣のアレンジを行い、退院してもらう。

ターミナルケア目的以外の入院の場合、患者さんは必ずしも寝たきりというわけではない。
自分でトイレまで歩ける人もいれば、ベット周りであれば自分でしたいことをできる人もいる。
そのため、そのような患者さんの場合逆に個室だと一人ぼっちで寂しい・・・という声も聞かれる。

実際大部屋の患者さんたちは結構仲がいい。スタッフも一緒に患者さんたちとおしゃべりしたり、冗談を言ったりもする。
患者さん同士が仲良く話したり、お茶しているのをみると、なんだかほほえましい・・・。

だから私はホスピスに大部屋があってもいいかなと思う。

がんばるエネルギーの素。

先日、大学で前のSemester(学期)でやっていたモジュールの試験結果が届いた。

結果は・・・・・まる

以外にもよかった。正直ビックリ。私のスーパーバイザーもビックリ。

そのモジュールは有効な疼痛管理のモジュールで、約3000英単語のエッセイのなかで痛みのメカニズムを自分の言葉で説明する部分も入れなくてはならず、ここで手間取っていた。

痛みのメカニズムを説明しろといわれても、英語以前に、解剖生理なんて十何年前にやったことか・・・・。そして日本語でいえても英単語が分からん・・・。

その部分を書くための文献を読むのに時間を費やしすぎて。
しかも私はいつも追い詰められないとできないタイプ。
そして徹夜をなんどかして一気に書く。

締め切り2週間前になってもエッセイが半分ほどしかかけていなかったので、スーパーバイザーはかなり心配していたらしい(と、後になって周りの人が教えてくれた・・・苦笑)

申し訳ない・・・。落ち込み

次のモジュールこそ、余裕を持って、締め切りぎりぎりにやらないぞ!と誓った。
(いつも、新しいモジュール始めるとき誓っている気が・・・・汗

今回の結果で嬉しかったのが英語に関するマーク。
英語のスペルミスやグラマーミスがチェックされる項目もあるのだが、前回の項目よりもこの項目のスコアがあがっていた!
これにもかなりビックリ☆

こうして自分ががんばったことが結果に出たり、いい評価がもらえると、次もがんばろうというエネルギーの素になる。

今週からまた新しいモジュール開始。がんばろう笑顔

日英の看護師就職事情。

私はこのままずっとイギリスで働いていくか、日本で働いていくか決めかねている。

イギリスの勤務形態は結構気に入っている。
有給はすべて消化できるし、2・3週間連続で有給をとることもできる(去年は週休とあわせて5週間休みを取った)
勤務はオーバータイム(残業)がなく時間通りに終われるし。
大学へ行く費用が出してもらえて、勉強ためのお休みも有給でくれるし。

でも、たまに怠け者なイギリス人スタッフにイライラしながら働くこともあるが・・・。

いつか日本でも働いてみたいなあと思うので、実はとときどきインターネットで求人情報をチェックしたりする。

日本は多くの病院が看護師の募集は一括でおこなっていて、希望の科に配属されるというもの。しかし、希望に添えない場合もあるとのこと・・・。
私の友人の中にも希望外の科に配属、もしくはその後希望外の科へ勤務交代で飛ばされてしまった子がいた。
私は幸い希望だった内科に配属されて勤務交代もなかったけど。
緩和ケア病棟を希望してその病院に就職したのに、外科とかに回されたらたまらない・・・。

そして気になるのが、年齢制限!

私の昔働いていた病院は新卒者のみの募集で既卒者は相談に応じるというようにかかれていた。
それとか、ほかの病院でも30歳まで、35歳までという年齢制限があるところも多い。
かなしいかな、この年齢制限に私はすでに引っかかってしまって応募できない病院もある。落ち込み


イギリスの求人広告を見ると
大きな病院であってもそれぞれの科ごとに求人広告を出しているので、自分の希望しない科に行くようなことはない
(就職が決まってから病棟閉鎖等の病院の都合で変わってしまったという例は聞いたこともあるけど)

「免許取得後、6ヶ月以上の経験者。」とか「3年以上のこの科に関係した経験者」と書かれていることがある。
新卒者よりも経験者のが好まれている印象を受ける。
年齢制限の記述はまったく見かけない。

このまえ、NHSで医師の求人でインタビューをした人に聞いた話だが、アプリケーションフォームには性別の記入欄もなく、生年月日も記入する欄がなかったと。
つまり、書類を見ただけでは、男か女か分からないし、(名前である程度判断はできるだろうけど)年齢も不明だったと。
年齢や性別より、能力、経験主義といったところなんだろうか?

そういえば、何年も前、日本で短大卒業見込みで就職の面接を受けたとき、面接官に
「この先数年以内に結婚の予定はありますか?」と聞かれた・・・。
イギリスでこんな質問をしたらおそらく訴えられるでしょう。
まあ、いくら日本でも今の時代、面接でこんな質問するところはないだろうけど・・・。


いずれにせよ、日本へ行くのであっても緩和ケアのDegreeをとってからと考えているから、まだまだ数年先になるけど。
日本への就職を考えるのであれば、歳をとりすぎる前に行動しなくてはいけないのか・・・と思い少々気が重くなったのでした・・・。

イギリスは緩和ケアの進んだ国?

イギリスは緩和ケアの進んだ国としてNHKの番組でも取り上げられたと話題になっていますが、現状はどうなのか・・・・。
最近そういった感じの質問をよく受けるので現場で働くいち看護師としての意見を少しかいてみようかと・・・。

たしかに、日本に比べたらイギリスは緩和ケアに関するケアスタンダードが確立しており、国内統一した緩和ケアが受けられるように指導はされている。
代表的なのはNational Institute for Health and Clinical Excellence、通称NICE(ナイス)のSupportive and palliative care のガイドライン
地域での緩和ケアの質の向上と統一したケアが受けれるように作成されたThe Gold Standards Frameworkなど。

そして病院内の緩和ケアチーム、地域のマクミランナース、ホスピス、緩和ケア病棟またはホスピス、かかりつけ医(GP)と訪問看護師の連携の確立。

緩和ケアを単独として考えたら、システムの確立やホスピスの数、専門スタッフの数、地域や病院の連携、ホスピスでの費用は無料(プライベート医療にかかった場合を除く)などの面ではすぐれているのかもしれない。

でも緩和ケアは単独で存在するわけではない。がん治療と切り離せない存在である。
がん患者さんは突然ターミナルになるわけでもない。突然、積極的治療不可能となるわけでもない。
そのため、緩和ケア単独で評価するよりも癌となった場合からの状況も含めて考えなくてはいけないと思う。

私も以前の記事「イギリスの医療事情:いつまで待たせるのか」で取り上げたこともあるし、
イギリス在住者のWebsiteやブログで取り上げられるように、(参考までに、リンク集のまささんの「こんなことだとは思わなかった」、leira-londonさんの「イギリスで暮らして・・・」など)
イギリスの医療システムナショナルヘルスサービス(NHS)の現状はあまりにもお粗末。

ホスピスで働いていてまれに「原発不明癌」の患者さんがターミナルケア目的で入院してくることがある・・・。
また「原発不明」でなくても診断がついたのがわずか数ヶ月前なのにすでにターミナル状態であったり・・・。

すでに転移が幾つか見つかり全身状態の悪化により原発の精査適応ではないケース。
ここまで全身状態が悪くなるまでにはさまざまな症状があっただろうに?と疑問も出てくる。

その原因のひとつにかかりつけ医であるGPの存在がある模様。
たとえば、患者さんが体調不良を訴えてGPにかかる。そのGPに会うためのアポイントメントを取るの時点でてこずってしまうことさえもある。緊急性がないときには即日でみてもらえないことだってある。

たとえばGPに「ずっとむかむか吐き気がある」「痛みがある」といえば、いい加減なGPであれば数分の診察で吐き気止めや痛み止めなどの薬を処方し、症状が改善しなければまた来てくださいとそれでおしまいになってしまうこともある。

しっかりしたGPであれば、ずっと吐き気が続いているのであれば検査してみましょう。専門医にみてもらいましょう。となるのだが、ここでもまた盲点が。

専門医にみてもらうのにまた数週間待たされる。検査をしてもらうのにまた数週間待たされる。検査結果が出て専門医に会うのにまたまた待たされる・・・。

イギリスにはWaiting listなるものが存在し、日本のようにスムーズに診察や検査は行われない。

診察や検査だけではない。治療だってスムーズには行われない。

たとえば、知り合いの泌尿器科専門医(Consultant Urologist)に聞いた話だが、前立腺がんや膀胱がんの手術をNHSで受けようとすれば4~6週間は待たされる。それ以上になることすらあるという。
治療を待っている間に亡くなってしまった、または状態が悪化して手術適応ではなくなってしまったケースもあるという。

しかし、お金がある人、プライベート保険に加入している人は、全額自己負担のプライベート医療が受けられる。その場合は待つ必要はない。
でも、イギリス国民のいったい何%の人がプライベート医療を受けられるか・・・というとはっきりとした数字は分からないが、そんなに多くはないと思う。

日本にはがん難民という言葉があると聞いた。治療法、情報を求めて医療機関をさまよっている人、情報に惑わされてしまっている人、治療の格差から別の選択肢があるにも拘わらず、「もう治療法はない」と医師に言われ医療不審に陥る人・・・。

以前コメントにも書いたことがあるが、イギリスの場合のがん難民はNHSのWaiting listによって生み出される、助け(治療)を待ち続ける”がん難民”が存在すると思う。そしてその”イギリスがん難民”を最終的に救うのが緩和ケアではないだろうかと・・・・。

私の働いているホスピスは満床になることはまれで常に1・2床は空きがある。また満床だったとしても近隣にもいくつかホスピスがあるのでそちらのほうへ入院してもらうこともある。
ホスピスに限っては入院が必要なのにを何週間も待つ、という状況はない。

なんだかまとまりなく、だらだらいきそうなのでひとまずこの辺で・・・。

私の個人的意見では、NHSのがん治療の現状に目を向けずに単にイギリスが緩和ケアが進んだ国として安易に捉えるのは少々危険な感じがする。

それぞれの国の医療システムが違うこと、医療の状況が違うことも踏まえながら、参考になる点を探してかなくてはいけないと思う。

私は日本の臨床を離れてすでに5年以上経過し、日本でのホスピス勤務経験はない。
自分で調べたり、話を聞いて得た情報から考えると、日本がイギリスに見習える点としては
・国、厚生労働省が緩和ケアにもっと積極的に力を入れる
(緩和ケアのガイドラインの確立、医療費の負担の軽減とか・・・)
・緩和ケア専門医、緩和ケア専門看護師の育成促進
・病院、地域、ホスピス・緩和ケア病棟の連携の確立

などが浮かぶけれど・・・。

そのほかにも今度もメディアなどで緩和ケアについて取り上げてもらい、医療者だけでなく一般の人にも緩和ケアのことをもっと知ってもらう機会を作っていくことも大切かなと思う。

癒しの手

人の手には何か不思議な力がある。
触れられること、その暖かさを感じることで癒されるものがある。
私自身の経験からそう信じている。

私は14歳のとき、階段を踏み外し(マヌケ・・・)7・8段滑り落ちて、全体重がかかって左足首をひねったために骨折し靭帯を切断してしまったことがある。
そのときはなぜかさほど痛くなく、そのまま部活もこなして帰宅。そして歩けなくなってきたので整形外科を受診し、即手術が必要といわれた。

手術では骨折箇所をピンで固定するとともに、切断した靭帯をつなぐというもので、下半身のみの麻酔で行われた。だから術中、意識はクリア。
皮膚が引っ張れるような異様な感覚と、手術室にこだまする金属のかちゃかちゃという音。医師や看護師の話し声。私は恐怖のあまりに半分パニック状態・・・。
麻酔が効いて痛くないはずなのに、痛くてたまらず、半泣きだった・・・。

そんな私を見かねて一人の看護師さんがそっと手を握ってくれた。
暖かい手だった。
すると不思議なことに痛みが和らぎ、落ち着けた。

それを見計らったように、看護師さんの手が離れた。
その瞬間から私は再びひどい痛みと恐怖に襲われて、うめきだしてしまった・・・。

またその看護師さんが手を握ってくれた。するとまた痛みが和らぎ落ち着いてきた気がする。
だから、必死で看護師さんの手を握っていた・・・。
この手を離すまい、そんな感じで私は必死だった(苦笑)

そんな私を見た医師は笑いながら
「そんなに痛いわけないでしょう?ちょっと眠らせてあげるから」
といって、静脈から何か薬剤を投与され、私の意識は遠のいた。

どのくらいたったのか、声をかけられて目を開けると母がいた。そして医師に手術が無事終わったことを告げられた。

この経験を通して、人の手のには不思議な力があると信じている。
私の感じた痛みは身体的なものというより、精神的なものが大きかったのかもしれない。
それを癒してくれたのは紛れもなく、看護師さんの手だった。

仕事をしていて思う。
たぶん、心がこもった手でなければ、癒すことはできないだろう。
私の手は患者さんの痛みを癒すことができているだろうか・・・・。

癒しの手を持つ、そして心を持つこと。
それを忘れないようにやってゆきたいと思う。



PS.
実はこの怪我がきっかけで私は看護師になることを決意した。(それまでは教師になりたかったんだけど)
この怪我のおかげで、私は約4ヶ月間松葉杖生活を強いられ、再手術をうけ、思うように動けない苛立ち、思春期のきむずかしさも加わって、家族にひどく反抗的になりすごく迷惑をかけた。今思い出しても本当に嫌なやつだった。そんな自分に飽き飽きして、自己嫌悪に陥り、死んでしまいたいと何度も思った。

でも、まてよ・・・・。どうせ死ぬのだったら何か人のためになるようなことをしたほうがいいかも・・・???なんて思い始めて、
進路相談で「看護師になるので高校は衛生看護科へ行きます」といい、先生と両親をあわてさせたのでした・・・。(苦笑)
普通科高校へいってからでも遅くないと猛反対されて親の説得には半年を要した・・・。

理由は何にしろ、看護師になってよかったなあと思う。
(向いているか向いていないかは別として・・・)
いろいろ勉強しつつ、たくさんのことが経験できる。やりがいを持って仕事できる。
いつまでも、勉強し成長し続ける自分でありたい、そんな人生目標にピッタリの仕事だと思う。

教師になる夢は短大時代アルバイトで塾講師をしたので、一応かなえた?のかも。
小中学生相手にいろいろ苦労もしたけど、結構楽しかった。
生意気な子もいたけどね・・・。
機会があったらまたやってみたいな。

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