英国ホスピスコラム


イギリスの病院でマクミラン緩和ケア専門看護師
(Macmillan Palliative Care Clinical Nurse Specialist)として働くナースのブログ

2005年07月

悲しい最期

ある日の夜勤、私の受け持つ病棟の患者さん達はみんな落ち着いていた。
まもなく23時半になろうかという頃、電話がなった。

「NHSの時間外サービスの看護師ですが、そちらに9日前まで入院していたマリー・スミス(仮名)さんをご存知ですか?」とのこと。

私は何度か受け持っていたのでマリーのことをよく知っていた。
マリーは脳腫瘍の患者さんで何ヶ月か前に数週間症状コントロールで入院し、その後退院して家で過ごしていた。しかし、数週間前に症状が悪くなったためターミナルケア目的で一時はホスピスに再入院したものの、旦那さんのたっての願いもあって退院して家に戻ったのだ。旦那さんはマリーが家で最期を迎える覚悟もしていた。

「実はマリーは先ほど亡くなりました。しかし、彼女のGP(かかりつけ医)がそちらのホスピスを退院後、一度も診察していないようなのです。ホスピスに入院中に彼女のGPまたは、そのGPの診療所の医師がホスピスを訪れているということはありませんか?このままだとマリーはGPによる死亡診断書が発行が法的には不可能なので、検死を受けなければならなくなるのです」

イギリスではホスピスなどの施設から退院後在宅で亡くなった場合、さかのぼって14日以内にその患者のかかりつけ医であるGPが診察していなければ、死亡診断書を記入することができず、検死をすることになるという。
ターミナルケアで在宅へ移行したにもかかわらず、家族も納得の上での在宅での看取りなのに検死を受けることになるなんて・・・・。

私は記録をチェックしすぐに電話をかけなおすといい、一旦電話を切った。
ホスピスに入院しているのであれば、GPが患者にわざわざ会いにくるというようなことはない。それでも、万が一の望みをかけてマリーの記録をチェックした。
残念ながら彼女のGPがホスピスへきたという記録はなかった・・・。

記録によるとホスピスの医師も看護師も彼女のGPと訪問看護師に電話でコンタクトを取っており、ターミナルケアでの在宅移行の承諾を得たとの記録があった。退院後には在院中の状況、退院処方などがかかれた手紙もGP宛に送られていた。

マリーは内服もできずシリンジドライバーという持続的に皮下へ注射できる機械とともに退院していた。これは24時間毎に薬液の詰め替えが必要だった。
そしてなにより、マリーの状態はかなり悪く、いつ亡くなってもおかしくない状況であった。
それなのに・・・。彼女のGPは一度も診察をすることなく、ホスピスからの退院処方をリピートして処方していただけだった。シリンジドライバーの詰め替えは訪問看護師がやっていたようだが。

夜勤師長ともマリーの記録を確認し、時間外サービスへ折り返し電話をした。
残念ながらマリーは検死を受けるため、家から一時間以上も離れた施設へ送られることになった。

イギリスではいつもNHS(ナショナル・ヘルス・サービス)の状態の悪さが目に付く。長いWaiting List、必要な検査・治療がすぐに受けられない。かかりつけ医であるGPにすら、調子が悪くてもその日の内に診察してもらうことができないなど・・・・。
そういえばつい最近、TV(BBC1)でNHSの病院の悲惨な現状が潜入したスタッフの隠しカメラによって取り上げられた。

もしかしたらマリーのGPはたくさんの患者を抱えてとっても忙しかったのかもしれない。
仮にそうだったとしても。マリーの死は予測できていた、14日以内に診察していなければ死亡診断書がかけないということもGPであれば知っていただろう。まして9日間、癌の末期である患者の診察をせずに同じ処方を繰り返していた・・・・。
マリーの為を思い、家で看取った旦那さんは、検死を受けなくてはならなくなってしまったこの状況をどう思っているのだろうか・・・・。
なんだかやりきれない気持ちで一杯だった。


後日、地方新聞の死亡告知欄にマリーのお葬式の案内が出ていた。
「マリーは自宅にて穏やかになくなりました。お葬式はXXで○日14時から行います。お花はお断りします、その代わりとしてホスピスへ寄付していただけると幸です。」


広島県緩和ケア支援センターの見学

前回のブログに引き続き日本滞在中にいった日本ホスピス・在宅ケア研究会の報告第二弾。
前日に行われた広島県緩和ケア支援センターの見学会に参加した。

前回のブログに書いたように広島県には全国ではまだめずらしい”緩和ケア支援センター”がある。
この支援センターの中には緩和ケア支援室と緩和ケア科がある。

緩和ケア科には外来、病棟(20床:無料個室12床、有料個室8床)がある。 
2004年にできたばかりなので建物は新しく、いろいろな所に気配りがされていた。
例えば病室内の(酸素、吸引などの)中央配管は必要のないときには隠れるようになっていたり。
病室の外の名前は普段は花の絵で隠れていたり(二回タッチすると名前がみれる)
部屋にはソファーベットが完備されていたり
屋上には素敵な庭園があり、ベットでもアクセス可能だそう。

そして緩和ケア支援室は四つの主な事業を持っている。
・情報提供:
  Websiteでの情報提供、緩和ケアに関する専門書がそろった図書室、見学会の開催
  見学会は一般の人も参加できる(要予約、毎月第一木曜日)       
・総合相談:緩和ケアダイヤルといって医療ソーシャルワーカー・看護師が電話相談に応じている
  患者さん本人または家族からの悩み、
  緩和ケア外来・病棟、在宅緩和ケア、デイホスピスについての相談に対応。
・専門研修:医療者(医師・看護師、福祉関係者)を対象とした緩和ケアの専門研修
・地域連携支援:デイホスピスの運営、県内の関係機関に対しアドバイザー派遣

詳しくは緩和ケア支援センターのWebsite(こちら)をご覧ください
センター内マップは写真も見れるようになってます
(残念ながら私のデジカメでとった写真はPCの不具合によりここには載せれませんでした)

この緩和ケア支援室の取り組みはとても興味深く、このような取り組みが全国へ広がってほしいと思う。
それだけでなく、広島県が取り組んでいるように地域における緩和ケアネットワークの確立は国内のすべての県においても同様に取り組んでほしいと思う。

国内のホスピス・緩和ケア病棟の数は年々増えてきているし、これからもどんどん増えていくと思う。
それは素晴らしいことだと思うし、それらを生かして行く為にも施設と地域のネットワークの確立、また行政と医療関係者、地域住民のネットワークの確立も勧めていく必要があると感じた。

また緩和ケア支援室の室長をされている方は、イギリスの看護師免許を持ち、イギリスのホスピスで働いていたそうで、またイギリスの大学でも緩和ケアを専攻し勉強されていた。
とても優しそうな方で、日本ホスピス・在宅ケア研究会のシンポジウム「ホスピスの多様化」ではデイホスピスの紹介をされ、勉強になった。

私は将来日本へ帰るのか、このままイギリスでやっていくのか決めてはいない。日本に帰ったとしても日本の緩和ケアのためになにか自分ができることはあるのだろうか。あるとしたらどうすべきか。これから自分はどんなふうに緩和ケアに関わっていくのか。
・・・・などなどいろいろ考えるきっかけにもなった

日本ホスピス・在宅ケア研究会 第13回広島大会

約一ヶ月前の話になってしまうので恐縮ですが、日本滞在中に広島で行われた日本ホスピス・在宅ケア研究会の全国大会へいってきました。
二日間に渡る大会では興味深い内容が多く、聴きたい講演が重なってしまいどちらに行こうかと悩んだりもした。

その中で興味深かったのがシンポジウムの「中国地方のホスピスの現状と課題」。
中国地方の各県から看護師、医師または医療ソーシャルワーカーが代表で各県の現状や課題を発表した。
(せっかくメモをとったのに、日本に忘れてきてしまったので、詳しくは思い出せないのですが)

中でも広島県の取り組みは素晴らしいと感じた。
広島の緩和ケアは約12年前、末期医療検討会からはじまったそう。1998年、市民による署名運動で15万人分の署名を集め広島県へ提出。市民、医療者、行政が協力し、2000年に県内初の緩和ケア病棟ができた。
現在、9箇所の緩和ケア病棟(合計143床)があり、さらに年内に二箇所オープン予定。そして全国でもめずらしい緩和ケア病棟、デイホスピスの運営、緩和ケアについての情報提供、総合相談、専門研修、地域連携支援を柱とする事業を実践している緩和ケア支援センターがある。(この支援センターについては見学会にも参加したので次のブログで詳しく書く予定)

しかし、驚いたことに同じ中国地方であっても各県ごとにかなりホスピス・緩和ケアの取り組みが違いおどろいた。
私の印象としてはこういった緩和ケア事業を進めていく上で、広島県の取り組みにあるように市民、医療者、行政の協力が不可欠であるとかんじた。特に行政の協力と理解は大切にもかかわらず、現在の日本の現状をみると緩和ケア事業は厚生労働省が率先して進めているというより、それぞれの地方行政にまかされているような印象を受ける。
全国で緩和ケア病棟は144施設2718床あるとはいえ、緩和ケア病棟がいまだにない都道府県が4県、一箇所のみが15県ある。(2005年5月1日現在、日本ホスピス緩和ケア協会による)
もっと積極的に緩和ケアを推進するためにも厚生労働省からの全国規模での統一した働きかけをもっとしていくべきではないかと思った。


その後「広島スピリチュアル部会」の「気づこう 語ろう 私たちのスピリチュアリティ」で水島協同病院でスピリチュアルケア・ワーカーとして働く山下春憲氏の話を聞きに行った。

スピリチュアリティ(Spirituality)は辞書によると日本語での意味は「精神性、霊性、霊的なること」となっている。とはいえ、私は以前ホスピスを見学にきた日本の大学生に「スピリチュアリティはどんなケアをするものなのか」と聞かれてうまく答えられなかった。

山下氏の話を聞いていて、やはりスピリチュアルケアは一言で言い表せないものだと思った。
目に見えないものであり、ひとそれぞれ違った人生を歩んできており、自分の価値観、存在感、魂、心の苦しみ・葛藤は人それぞれ違う。その苦しみを和らげること、それはとても大切なこと。

この講演の後、グループに分かれスピリチュアリティについて話し合う機会があった。たぶん40人くらいはいたと思うのだが、発言していたメンバーは多くの人が家族をなくした人だった。自分の経験に基づいて発言している人が多かった。切実な思いを訴える方が多く、中には涙を流している方もいた。医療者も結構いたのかもしれないが、発言していたのはわずかだった。
これらを聞いていて、私の個人的な意見だけど、医療者が考えている以上に多くの患者さんや家族がスピリチュアルな苦痛を抱え、それに対するケアを必要としているのではないかと感じた。

でも、現在日本でスピリチュアルケア・ワーカーとして正式に給料をもらって働くスタッフは数少ないのだという。スピリチュアルケア・ワーカーとして専門的な教育を受けたにもかかわらず、中にはボランティアのような形で働いている人もいるという。

身体的な症状に対して行う治療や看護と違って、目に見えないものに対して行うケアであるからそれに対する診療報酬がとりにくいのだろうか???そのため病院経営側としては軽視してしまうのだろうか???このあたりは私はわからないのだけど・・・。
各病院・ホスピスにスピリチュアルケア・ワーカーをおいて、患者さんや家族が話し合いたいとき気軽に立ち寄れる部屋があったら。またケアワーカーが病室訪問し、患者さんや家族と関わることができるような環境ができたら、どんなにいいだろう。

そんなのは理想論で実際の臨床はそうはいかない、といわれてしまうかもしれない。
緩和ケアのみに関わらず、すべての医療現場において私たち医療者は身体的な苦痛のみならず、精神的な苦痛、スピリチュアルな苦痛の軽減も同じくらい大切だということを忘れてはならないと思った。

二日目のシンポジウム「ホスピスの多様化」では全国で行われているさまざまな形での緩和ケアが紹介された。施設内の緩和ケアにとどまらず、在宅での緩和ケアの可能性、地域に密着したケアの提供。それらに取り組む医師の積極的な姿勢に感動した。
またNPO法人でホームホスピスと称して小さなグループホームのような感じで緩和ケアを提供している団体も紹介された。
そして広島のデイホスピス。広島県の緩和ケアセンターで全国初のデイホスピスでモデル事業として行われている。
日本でも施設内にとどまらず、いろいろな形で緩和ケアが提供されていることを知り、私はとても嬉しく思った。

5年前私が日本にいたときよりも日本の緩和ケアは確実に変わってきていると思った。
ホスピスという施設だけの枠にとどまらず、在宅での緩和ケア提供の広がりを感じた。そして関わっている医療者、市民グループ、たくさんの人の緩和ケアに対する熱意を感じた。
そしてなにより、この大会に参加して感動したのがボランティアスタッフのみなさんのはたらきぶり。大会前日の緩和ケアセンター見学、大会当日の会場までの案内をはじめ、至る所でボランティアスタッフの姿を見かけ、笑顔で挨拶をして迎えてくれた。


P.S.
広島は今年、原子爆弾が投下されて60年という節目をむかえている。平和への祈りがこめられた平和記念公園の国際会議場でこの大会が行われた。私は大会の合間に平和公園、そして平和記念資料館も訪れた。多くの人の命が一発の原子爆弾により失われ、いまだに苦しむ人々がいる。命の大切さを改めて見直し、平和への祈りをささげた。


ロンドン同時多発テロ Tribute

すでにご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、7月7日のロンドン同時多発テロで犠牲になられた方々のための黙祷が2005年7月14日(木) 12:00から2分間、行われるそうです。


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(イギリスの情報掲示板:U.K. Mumbo and Jumboのお知らせより)

とりあえず、近状報告

おひさしぶりです。

ロンドン同時多発テロでは、たくさんの罪のない一般のひとが犠牲になり心が痛みます。
二度とこのような悲惨な事件が世界で起こらないよう願っています。


さて、6月末に日本から帰ってきて、そして5週間ぶりに職場復帰。なにかへまをやらかすのではと心配でしたが、なんとか7晩夜勤をこなして、休みになった。
休みといっても現在私の働くホスピスは深刻な人手不足で今日は日勤をやった。
久々の日勤はなんだか新鮮で。患者さんたちのいつもとは違う面がみれたり、また家族の人にも会えて楽しかった。

日本は、蒸し暑く、暑さに弱い私にとってはつらいものがあった。でも、ばてることなく、母親の作ってくれるご飯をもりもり食べ、友達と飲みにいき、また広島県で行われた「日本ホスピス・在宅ケア研究会」の全国大会にもいってきた。

驚いたのは甥っこの成長ぶり。私の甥っこは今年3歳になったばかりで、四月から保育園へ行き出した。最初はいやがっていたようだが、今は保育園大好きである。保育園にいき出したおかげでたくさんの歌を覚え、なんだか生意気なこともいうようになっていた。
食べるのが大好きで回転寿司では自分で「いくらくださーい」とカウンターの中の店員さんにオーダーするというからオドロキ。

英語が話せるようになると良いなと思って、私はいつも何冊か英語の絵本を買って帰るのだが、今まではそれほど興味を示してくれなかったけど、今回私が買って帰った「Jazzy in the jungle」(だったかな?)という絵本が気に入って、保育園までもっていって先生に見せたそう。私のほうにも何度も「読んで」といってきて、読んでやると(たかが外れたか?)と思うくらいケタケタ笑い、私に続いて絵本を読んでいた・・・。(そこまでわらける話ではなかったはず・・・。ツボにはまったか?)
まあ、叔母ばかとしては嬉しい限りでした。

そんな甥っこももうすぐおにいちゃんになる。そして姉のおなかの中の赤ちゃんの名前をつけたそうだ。
その名も「くろちゃん」
(健診でとってもらったエコーの白黒写真をみて、ひらめいた模様。)
姉の大きくなったおなかをみては「いまくろちゃんなにしてる?」と聞くらしい。
姉夫婦が赤ちゃんの名前を本を見て考えていると
「くろちゃんじゃなきゃダメ!」とおこるらしい。

来年甥っこに会うときにはどれだけ成長しているか楽しみ笑顔


私のPCも5年近く使っているのでがたがきていたので、思いきって新品を通販で購入。安くなっていたし、容量も大きくて良さそう。でもこれがとんでもない誤算で、オーダーしてから二ヶ月近く待たされた。28日以内に発送といわれたのに、音沙汰ないのでその会社に電話したら、「明日発送予定」っていっておきながら実際の発送予定は更にその二週間後だった。
忙しかったので受け取ってからセットアップもしていなかった。

そんなある日、夜勤の為に昼間寝ていたら、ものすごい雷雨、ヒョウが振ってきたと思ったらなんと雷がこのホスピス(私はホスピスの中にすんでいる)に落ちた!と思った瞬間。
”ピシッ”という音と共に、コードを抜き忘れていた私の古いPCは壊れました・・・。

ホスピスの電話も不通になってしまった。BT(電話会社)は忙しいといってやってこなかったので、一晩病棟の電話は不通のまま。唯一使えたのは階下にあるレセプションのみ。
おかげでその日の夜勤は電話がなると階下まで猛ダッシュで電話をとりにいくはめに。
(一応スタッフの中では私が一番若者だったので・・・。)
でも走ったはいいけど、息が切れてしまって受話器を持ったまま数秒声が出せなかった(苦笑)

その後、新しいPCをセットアップしようとしたら動かない!いろいろやって結局お手上げだったのでホスピスのIT担当者にお願いしてみてもらうと、ある程度動くようになった。そしてインターネットもセットして日本語の読み書きをできるようにした。ところが、やっぱり止まったり、起動しないことがあり、ついには全く動かなくなった。
結局会社に電話して、直してもらうことになった。その電話の対応も散々なもの。
二度とこの会社では買わない!と心に誓った。
きっと数週間PCはかえってこないのでしょう・・・・。やれやれ。

どうせ壊れているのだからとやけになって古いPCに新しいPCの付属品をとりつけていじって起動したら、なんと動いた。多少不安定だけど。
そのおかげでこうして近状報告できるようになりました。

この古いPC、いつ壊れるかわかりませんが、ブログに書きたいことがいくつかあるのでのんびり更新していきます。

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