英国ホスピスコラム


イギリスの病院でマクミラン緩和ケア専門看護師
(Macmillan Palliative Care Clinical Nurse Specialist)として働くナースのブログ

2005年05月

日本へ

先週の木曜日の朝で夜勤も終わり。ただいま5週間休みの真っ最中。
私は7晩夜勤、7日休み、そしてまた7晩夜勤・・・という勤務で働いているので、今回、14日夜勤分の有休をとったので普段のお休みと会わせて5週間のお休みとなったのです。
そして今晩の飛行機で日本へ帰ります。

約8ヶ月ぶりの日本。
私の母親はいつも私が帰国する頃になるとある”リスト”を作りはじめる。
それは”H iに食べさせるもののリスト”。
私が日本食に飢えているのを哀れに思ってか、いつもこのリストをつくり、私が存分に日本食を食べれるようにと、いろいろ献立を考えてくれている。そして私も自分の食べたいものがリストからもれていたら、付け加えたりしてる。

毎回リストをみると「寿司、焼肉、うなぎ、刺身、明太子、焼き魚・・・」という和食系が主なのだけど、なぜか「ピザ、ハンバーガー」といったファーストフード系も並んでいる・・・。
母親は一度ロンドンへきたことがあるし、私も「イギリスにもマクドナルドもピザハットもあるよ・・・」といったのに。

母の愛情に感謝しつつ私も良く食べ、このリストのおかげか、毎回日本へ帰ると数キロ太ってしまうわけです・・・笑顔


Macmillan nurse

緩和ケアのコースの課題の緩和ケア関連施設・職種の訪問先の第四弾はMacmillan Nurse(マクミラン・ナース)。
Macmillan nurseとはMacmillan cancer relief で働く専門看護師で正式にはMacmillan clinical specialist Nurseという。

このMacmillan Nurseはイギリスの正看護婦(First level)の免許を持ち、免許取得後5年以上の臨床経験(そのうち2年以上は癌看護または緩和ケアに関わっていること)、Oncology(腫瘍学)またはPalliative care(緩和ケア)の学位を持っていることが最低限の条件となっている。

Macmillan cancer relief は癌などの余命が限られる疾患とともに生きる人々のQuolity of life (生命の質)の向上をサポートするチャリティ団体で、イギリスにすんでいる方だと名前をきいたことがある人がいるかもしれない。ここのチャリティショップを訪れたことのある人もきっといると思う。

Macmillan cancer relief の始まりは1911年。Douglas Macmillanが父親が癌におかされ不必要な痛みや苦痛をに苦しんでいるのをみて、癌に苦しむ人々のためのサポートを呼びかけたのに始まり、現在 Macmillan cancer relief はイギリスでも最大級のチャリティ団体に成長した。

Macmillan nurseの仕事は地域医療において、癌などの余命が限られる疾患を持つ人々とその家族に対してさまざまなサポートとアドバイスをすること。例えば、疼痛管理、症状管理、精神的サポート、死別のサポートなど。そしてGP(イギリスで言うかかりつけ医)やDistrict Nurse(訪問看護師)とも提携を持っており、継続したケアを行うことができる。

Macmillan nurseへの依頼はGP、District Nurseからはもちろんのこと、患者さん本人や家族からも直接依頼をすることができる。そしてMacmillan nurseはNHS(National Health Servise:イギリスの国民医療サービス)の一部としても働いているので、もちろん無料でこれらのサービスは受けられる。

ほかにもMacmillan nurseの仕事として、看護学生、看護師、医師やそのほかの職種への緩和ケアの教育も含まれている。

Macmillan cancer relief のWebsite より)

・・・と前置きが長くなってしまったのですが・・・。

私はこのMacmillan nurse:ヘレン(仮名)と一日一緒に行動させてもらった。
Macmillnan nurseのオフィスで待ち合わせ、そこからヘレンの車に乗り、患者さんの訪問に同行させてもらった。

1件目の訪問先はヘレンが継続して関わっているジーン(仮名)のお宅。
ジーンは60代の女性で、昨年癌と診断され、化学療法、放射線療法と一通りの治療を受け、症状も落ち着いているので自宅で静養中。しかし、最近痛み、呼吸困難が出現、それにとも麻薬が処方されたが、その副作用のため便秘に悩まされている。血液検査で血中のカルシウムの上昇がみられ、その痛みの出現はどうも骨転移らしいのだが、骨シンチ検査を受けるのに最低でも3週間待ちと言われ、いまだにいつ行われるかもはっきりしていない。
(なんでもかんでも待たされるのはイギリスの医療の悪い面。)

ヘレンはジーンに最近の症状、そして前回の医師の診断時どのように説明されたかを聞いていた。(もちろんヘレン自身は医師からの手紙をもらっているのですでに内容は知っているがジーン自身がどのように受け止めているかを知るためにあえて聞いている)

呼吸困難感に関しては、GPから処方されたOramorph(経口のモルヒネシロップ)をもっと摂取してはどうかと勧めた。しかしジーンは握力が弱く、衰弱もしているのでOramorphのボトルのふたが開けられないからあまり摂取していなかった。(ふたは小児が誤ってあけてしまわないように強く押しながらふたを回さないと空かないようになっている)ヘレンは同居している息子さん(彼は介護にはほとんどノータッチで、つい最近までジーンにご飯を作ってもらっていたという)へ朝起きたらOramorphのビンのふたを空けて置くようにアドバイスしていた。
便秘についてもジーンのGPへ電話連絡し、下剤の処方を依頼。(Macmillan nurseはくすりの処方はできない)

そして日常生活でこまっていることはないかチェック。長距離の移動が困難になってきたことから、ヘレンはRed Cross(赤十字)へ連絡。車椅子の貸し出しを依頼した。

またジーンの娘さんへ電話で連絡し、最近の状況やこまっていることはないか、そして今回の訪問の内容を伝えてジーンの家を後にした。このようにヘレンは3・4週間に1回くらいの割合でジーンを訪問、毎週電話でコンタクトをしているそう。ジェーンのかかりつけ医であるGPが主となってジーンをみているのだが、ヘレンは主に緩和ケアにおいてのサポートをGPと相談・アドバイスをしつつ関わっているそうだ。

次にヘレンが訪問したのは新規の依頼の患者さん、ペギー(仮名)。ペギーは癌と診断され放射線治療中。最近モルヒネカプセルの内服を開始したが、疼痛コントロールがうまくいっていないらしい。
まずはペギーと娘さん夫婦にヘレンは自己紹介。自分の役割を説明。
そしてペギーの普段の生活の様子や家族のことを雑談を交えつつ話ながら情報収集。それから痛みの状況、薬の効き目、頓服の痛み止めの使用頻度、その効果・・・。そして頓服の痛み止めをもっと積極的にとってみてはどうか、そしてその状況に応じて定期内服のモルヒネカプセルの量を調節しようなど、アドバイスをしていた。
そしてまた連絡すること、困ったことが合ったら連絡をするようにと連絡先をおいて部屋を出た。
玄関先で見送りに出てきた娘さんからも、ペギーの普段の様子をヘレンは情報収集していた。

このようにMacmillan nurse達は患者さんの家に訪問したり電話することにより、緩和ケアのスペシャリストとして在宅のサポートをしている。

また午後からはこの地域のGPの診療所で緩和ケアの必要な患者についてのケース・カンファレンスがあるのでヘレンともう一人のMacmillan nurseについていった。
カンファレンスで話し合われた患者さんの数は8人。その中には既にMacmillan nurseが関わっている人、まだか変わっていない人もいた。カンファレンスに出席していたのはその診療所のGPたち(4人)、District nurse、Auxiliary nurse(補助看護師)、その診療所で研修中の医学生、そしてMacmillan nurse。

カンファレンスで話し合っている患者さんで名前を聞いて「どっかで聞いたことあるような・・・」と思ったら昨日まで私のホスピスに入院していた患者さん、アラン(仮名)だった。アランは癌ではなく、進行性の神経疾患でレスパイトケアで数ヶ月おきにホスピスに毎回1週間入院している。
アランの症状はここ数ヶ月悪化してきており、数ヶ月以内にターミナルケアに移行するだろうと思われていた。
アランはレスパイトケアでホスピスへ来るのはかまわないが死ぬのは家でと考えている。そのため在宅でのターミナルケアについての必要が迫ってきていた。
私は見学者のつもりだったのだけど、アランのGPからホスピスの緩和ケアコンサルタントからどのような説明がいっているのか、ホスピスでのアランの様子を聞かれ、いつのまにかカンファレンスに参加していた・・・。
アランの今後の方針としてGPが12 weeks letter(詳しくはPalliative care teamのコラムを参考)を書き、アランに必要なケアラーの確保をすること、妻のサポートなどしていくことになった。

こうして地域のGP、District nurseたちとケースカンファレンスを持つことで、Macmillan nurseたちは患者さんの情報の交換、緩和ケアに関するアドバイス・知識の提供、GP、District nurseたちと交流を図り、チームとして良い関係を築いてゆくことができるという。
このケースカンファレンスは月1回を目標に行っているそう。


かかりつけ医であるGPも緩和ケアの知識が豊富な人、そうでない人もいる。いくらかかりつけ医といっても医師として全ての疾患においてパーフェクトな知識があるというのも無理な話ではないだろうか。こうして緩和ケアのスペシャリストであるMacmillan nurseが関わりサポート、アドバイスすることで、在宅において良い緩和ケアを提供することができるのではないかと思う


走る余談
このMacmillan nurseの訪問のお願いを電話でしたのだけど、アポイントメントをとるのになんと1ヶ月以上かかった。3箇所のMacmillan nurseのオフィスへアポイントメントの連絡をするが、何度メッセージを残そうが降り返し連絡はないわ、スタッフ不足で忙しい、チームリーダーがいないからまた電話してくれ等など・・。その間かけた電話は数え切れず、じつはイスタンブールの旅行中も国際電話でこのアレンジのために電話していた。
やっとの思いでとれたアポイントメントだったので、日程に無理が利かず、朝8時に夜勤終了し、Macmillan nurseを訪問し、四時すぎに家に帰り、また9時から夜勤をするというハードスケジュールになってしまった。まるでゾンビの如く・・・。しんどかったけど、その後5晩夜勤もこなした。
まだまだ自分の身体も若いな、と実感した笑顔

Big birthday and surprise

実は私、数日前に30歳のBig Birthdayを迎えました

30になる前までは、なんだかすごくふける気分で、イヤでイヤで・・・
このブログの私のBiographyの年数も”200X年”みたいにして年齢を隠していたんだけど・・・(笑)

いざ、誕生日を迎えてみると・・・なんてことはない。

昨日までとちっとも変わらないじゃん・・・私。音符

数字にこだわっていた自分にもばかばかしくなってしまった(苦笑)

今まで生きてきていろんなことがあった。つらかったこと、楽しかったこと、うれしかったこと、くやしかったこと、腹が立ったこと・・・。
いろいろな人にもであった。助けてもらったし、いい影響を受け、私もがんばろうというパワーももらった。
今振り返れば、どれもいい思い出・いい経験をしたと思えるようになった。

大きな病気もせず、健康で。こうしてイギリスでやりたい仕事をして、勉強もできて。大好きな旅行もして。
これからも仕事もプライベートも充実した人生を、いろいろなことがあるだろうけど、前向きに、人生楽しんで生きていきたい・・・。
と改めて思った。


     クラッカー        クラッカー        クラッカー        クラッカー         クラッカー


何ヶ月も前から彼に「あと○ヶ月で30になっちゃう~・・・」と騒いでいた私。(苦笑)
「30になるのはDisasterなのか?!」と笑われていた。
(オトコにはオトメゴゴロというものがわからないのさ・・・とちょっといじけていた)

「30歳のold lady」のお祝いにポルトガルへ行こうといわれ、空港に向った私たち。
でも手続き中もずーっと飛行機チケットは見せてくれない。
「ポルトガル行きの便はこちらへ」と係員が言っていたが彼は動かない。
なんかおかしい・・・・と思いつつもポルトガル行きの搭乗ゲートで飛行機を待っていた。
搭乗開始になった時、「実は・・・」とやっと本当の行き先を教えてくれた。

行き先はなんとハンガリーのブダペストだった
2泊3日という短い旅だったけど、市内観光、ドナウ川のディナークルーズとたのしかった。
ブダペスト市内は緑も多く、歴史的な素敵な建物も多くてとても気に入った。ごみごみした感じもなく、曇っていたけどイギリスよりも暖かくて過ごしやすかった。

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またびっくりさせられたのは、ディナークルーズから戻るとホテルのお部屋にお花とカードが・・・。
お花は持ちかえれなかったので残念だったけど。
いろいろ嬉しいsurpriseで私の30歳のBirthdayはDisasterではなくHappy Birthdayだった

Palliative care team

前回のコラムに書いたNHSホスピタルのAcute Haematology and Oncology ward訪問に引き続き、私の訪問第3弾はNHSホスピタルの中の緩和ケアチーム(Palliative care team)。

この緩和ケアチームは緩和ケア専門看護師(Clinical palliative care specialist nurse)をチームリーダーとした院内の緩和ケア専門チーム。チームメンバーも緩和ケア専門看護師たちで構成されていた。
この日は合計5人の緩和ケア専門看護師が勤務していて、2チームに分かれ院内からの新規依頼の患者さんや緩和ケアチームが継続して関わっている患者さんの情報交換・今後のプランなどのカンファレンスを行い、それぞれの担当患者の元へ向っていった。
私はその緩和ケア専門看護師の一人、ジェーン(仮名)とともに一日行動した。

まずは老人専門病棟へ。本日新規で依頼を受けた患者さんを訪問。
この患者さん:ジョージ(仮名)の病名は悪性腫瘍ではなく、慢性心不全。しかし、かなり状態も悪くなっており、ここ2ヶ月で三回も入院・退院を繰り返していた。心機能もかなり低下し、既に積極的な治療の段階ではなく、予後ももう長くないだろうという状態なのだが、本人が家に帰ることを希望しているというため、緩和ケアチームへ依頼がきたのだ。なんとジョージの退院予定日は明日に設定されていた。(NHS病院は病床の関係で治療の必要ない患者を早く退院させたいらしい・・・)

ここからのジェーンの働きは素晴らしかった。

病棟へつくと担当看護師と医療診療記録から情報収集。病状、日常生活行動がどの程度可能なのか、どの程度の介助が必要かをチェック。
そして患者さんの元へ。まず、ジョージに自己紹介。そして家に帰りたいという意思の確認。

ジョージは酸素吸入はしていないものの、少しの労作時でも呼吸困難が現れ、ほとんどベット上で過ごしているような状態。一日中うつらうつらと寝ることはあっても、夜は安眠できず、身体のむきを変えたり、排尿、飲み物、など介助が必要だという。しかし、奥さんも高齢であり、ジョージを一人で家で見るのは無理があるようだ。

ジェーンは本人に許可を得て、オフィスにもどり奥さんに電話連絡。そして奥さんにもジョージが家に帰ることを同意しているのか確認。奥さんの介護状況を聞き一旦電話を切る。
その後、ジョージの訪問看護師(District nurse)、ソーシャルワーカーへ連絡。そして今までの情報収集。

ジェーンは奥さんは高齢ではあるものの、日中のみであれば何とか介護は可能であると判断。そのため、夜間は奥さんにゆっくり寝てもらうため、夜から朝までついて介助してくれるケアラーを派遣するという方針をたてた。
まず、ソーシャルワーカーへ電話連絡。ソーシャルワーカーにジョージの介護に使える資金を確認し、ケアラーを派遣を依頼。

そしてジョージの主治医へも連絡。通称「12 weeks letter」と呼ばれる「予後12週間以内」という診断書を書いてもらうよう依頼。この「12 weeks letter」があると、ジョージのような在宅介護に必要な資金の限度額がかなり拡大されるらしい。

まもなく、ケアラー派遣会社から電話が入り、明日の夜からケアラーの派遣が可能との返事。夜9時から朝8時までのケアラー派遣で同意。夜寝る準備から、夜間の介護、朝の着替え等の介助もケアラーにしてもらえることになった。

ジェーンは病棟にもどり、ちょうどジョージと面会に来ていた奥さんに夜間ケアラー派遣の説明をし、2人ともこの案に同意。

さらに、ジェーンは家のつくり、ベットや椅子、トイレ、シャワーなどの状況を聞き、椅子の高さ調節が必要と判断し、作業療法士(Occupational therapist)へ連絡。

そうこうしている間にジェーンのポケベルが鳴りオフィスへ戻ると、ジョージへ派遣予定のケアラーから連絡があり、病状、必要な介護状況を説明。
またジョージの訪問看護師とGPへも明日退院と夜間ケアラー派遣を報告。
病棟看護師へ在宅看護へ移行するための申し送り用紙の記入を依頼。

こうしてジェーンは明日退院の患者さんの在宅介護のセッティングを完了したのでした。

ジョージの病状も思わしくないため、一日でも早く家に帰してあげたい、そしてNHSホスピタルの病床不足から一日でも早く退院しなければならない状況。限られたわずかな時間だったが、テキパキと電話連絡、病棟訪問、をしセッティングしていったジェーンの働きぶりに感動してしまった。

その後、ジェーンは私が前回訪問したAcute Haematology and Oncology wardに入院中の患者さんを訪問。白血病で化学療法終了後の患者さん:サラ(仮名)のもとへ。サラは化学療法はもう適応ではない段階にきているようで、継続的に緩和ケアチームが関わっていた。サラは退院か、ホスピスへ転院するかの選択のときにきていた。
ジェーンはベットサイドに座り、サラと話し始めた。彼女の症状、家族のこと、家に帰りたいか、これからのこと、ホスピスをどう思うか・・・・。
サラは家には帰りたいが家族が介護できるとは思わない。ホスピスへ行くのがベストの選択だと思うという。
ジェーンはサラの家族のすむ場所に近いホスピスの名前を挙げ、そこへ依頼することを約束し、病室を後にした。

ジェーンはさらに医療診療記録と投薬チャートをチェック。先程きいた彼女の症状(痛み、吐気)の対処のためのアドバイスを医療診療記録に記入し、サラの担当看護師へ報告した。
前回のコラムにも書いたが、緩和ケアチームの専門看護師たちは薬の処方は現時点ではできないことになっている。そのため、実際に処方するのは医師となる。医師も緩和ケアチームのアドバイスを参考に処方をしていく。

ジェーンは緩和ケアチームの一員の緩和ケア専門看護師として院内からのこうした依頼に応じる仕事をしながら、週に1回老人病棟でスタッフナースとしても働いているという。
緩和ケアチームへの依頼の多い老人病棟で実際に働くことにより、病棟スタッフとの連携を図る、病棟スタッフ間にある問題点を見つける、病棟スタッフへ緩和ケアに関する知識の提供、そしてジェーン自身の看護師としての臨床技術の維持のために役立てている。

日本にもこういった院内緩和ケアチームはあるのか調べてみた。Googleで検索してみたら、緩和ケアチームを持つ病院はいくつかあった。
日本では2002年から緩和ケアチームが保険診療点数の対象とされているそうだ。
そして平成17年2月現在のホスピスケア認定看護師登録者は全国で100人。

私はこの緩和ケアのコースの課題の一つのエッセイで「緩和ケアにおけるチームワーク」をテーマに選んだ。Acute Haematology and Oncology ward、緩和ケアチーム、そしてこの次に訪問したMacmillan nurse service、他のホスピスの訪問を通して良い緩和ケアの提供のためにはチームでのアプローチが必要不可欠だと思ったから。

また、Macmillan nurse service、他のホスピスの訪問の様子をブログに書いてからまとめとして、その「緩和ケアにおけるチームワーク」について書こうと思います。しかし、ご存知の通り、私のこのブログの更新はスローなので気長にお待ちを。笑顔
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