英国ホスピスコラム


イギリスの病院でマクミラン緩和ケア専門看護師
(Macmillan Palliative Care Clinical Nurse Specialist)として働くナースのブログ

日本語1フレーズ

私は急性期病院で緩和ケア専門看護師として働いているので、依頼があればどの病棟へもいく。

ロンドンの大きな病院なのでさまざまな国籍のスタッフが働いている。
でも、院内に日本人はいまのところみあたらない。

ある日、以来のあった患者さんの記録を読んでいたら
「コンニチハ、日本の方ですか?」と日本語で話しかけられた。
なんとその方、日本人と結婚したことがあるそうで、日本語が話せるらしい。でも奥さんと別れてからは話す機会がなくなったそう。
それからというもの、その病棟にいくとそのスタッフと日本語で話すようになった。


また他の病棟でも
「コンニチハー」と声をかけられた。
中国人のスタッフで、何年も前に中国で日本語を習ったそう。
「でもすっかり忘れちゃったから、会うたびに1フレーズ、日本語教えてね。」
といわれた。


そしてある日、患者さんの医療記録を読んでいたら
「モシモシ?」といわれ、顔を上げると日本に行ったことがあるという若い医師が話しかけてきた。
この医師にも「会うたび日本語1フレーズ教えて」とたのまれた。



そんなことが何度もあり、なんだ「会うたび日本語1フレーズ」のメンバー(?)が増えてきたきがする・・・。

この前も院内で階段を勢いよく下りていたら、すれ違いざまに「コンニチハー!」と声をかけられた。
彼女も「会うたび日本語1フレーズ」のメンバーの一人だった(笑)


こうなったら緩和ケアだけでなく、日本語も院内に広めていこうかな・・・・。


br_banner_apple



急性期病院での終末期ケア

Macmillan Palliative Care Clinical Nurse Specialist(マクミラン緩和ケアクリニカルナーススペシャリスト)としてNHS(National Health Service)の急性期病院で働き始めて約4ヶ月。
主なわたしの仕事内容はこんな感じ→
過去記事:すこしずつ・・・。

イギリスに住む人々はNHS、病院というと医療の質の悪さをイメージする人はたくさんいると思う。

そんなイギリスの急性期病院の苦情の54%が終末期や死別のケアに関することらしい。(Healthcare Commission、2007)

実際に急性期病院で緩和ケア専門看護師として働くとその実情がいろいろ見えてきた・・・。


腫瘍科の病棟に入院していた癌の患者さんのAさん。抗がん剤治療を何度も行っていたが効果はまったく見られず、癌の進行はとまらなかった。
もうこれ以上の抗がん剤治療は身体を痛めつけるだけ・・・。
状態は日に日に悪くなっていき、ホスピスで最期のときを迎えたいといわれた。

ホスピスへターミナルケア目的の入院の依頼をしたけれど、運悪くホスピスのベットが満床。2日待たされてしまった。

病棟は個室が埋まっていて、Aさんは6人の大部屋にいた。
Aさんの奥さんは狭いスペースながら、Aさんの状態が悪くなってから毎日泊まりこんでいた。

「一日でも早くホスピスへ行きたい」Aさんも奥さんも口をそろえていっていた。

ようやくホスピスへの転院の日になった。
仕事に行くとすぐに、病棟のスタッフからポケベルで呼び出された。
「Aさんの状態が悪いからみに来て欲しい」とのことだった。

病棟に着くと、目を真っ赤にしたAさんの奥さん。
そしてAさんの意識は低下して、かろうじて呼びかけにうなずく程度。喘鳴もでてきていた。
Aさんの担当のチームのジュニアの医師は「ホスピスへの転院は無理では?!」といっていた。
ホスピスまでは救急車で転送するが、早くついても3,40分はかかる距離。
最悪の場合、転送中になくなる可能性もある。
ホスピスにたどり着けたとしても、数時間で亡くなるのは明らか・・・。

Aさんの奥さんがわたしのところへ駆け寄ってきた。
「お願い!早くホスピスに連れて行って。もうここ(病院)にはいたくないの。昨日の夜だって、Aは痛みを訴えていたのに、スタッフは忙しくて、注射を打ってもらうまで2時間も待ったの!ナースコール押しても誰も来なくて、看護師を病棟内探し回って、頼み込んで、注射してもらって・・・・。
みんな忙しいのはわかってる。でも、こんなのもう我慢できないの。血圧はかりにきたナースもいたけど、Aが苦しがっていても、血圧はかったらそれっきりで・・・なにもしてくれなかった。なんのために血圧はかってるの?そんな必要あるの?
Aはずっとホスピスに行きたいといっていたの。もう長くないのは十分わかっているから・・・。お願い、キャンセルしないで・・・。」

Aさんの奥さんをスタッフルームに連れて行き、救急車内で亡くなる可能性が高いこと。万が一救急車内でなくなった場合は、ホスピスは受け入れることができないので、病院の救急外来へ戻ってこなければならないことを話した。
それを覚悟の上であれば、私はホスピスへの転院をサポートすると伝えた。
Aさんの奥さんは泣きながら私に抱きついて、「たとえ、救急車の中で亡くなったとしても、悔いはない。Aだって、あんなにホスピスに行きたがっていたのだから、そういうと思う。他のスタッフは反対みたいだったからダメかと思っていたの、ありがとう」といった。

私はホスピスの医師に電話し、患者の状態、転送中に死亡する可能性があること、そのときは病院へ戻す。家族もそれを承知の上で転送を希望していること。本人もホスピスへ行きたいという意思が強かったことをつたえた。
医師も理解を示してくれた。

Aさんの担当のチームのシニアの医師にも状況を伝えて、ホスピスへの転院の同意を得た。

あとは、救急車の到着を待つだけ。救急車は10時半に予約していたのに、12時になっても来なかった。
私ももう一人、終末期の退院を控えている患者さんの準備で忙しかったので、Aさんに付きっ切りではいられなかったが、12時半過ぎに救急車が到着。
救急隊員にも事情を説明し、Aさんはストレッチャーに移され、病棟を出発した。Aさんの意識はもうなかった。

どうか、ホスピスに着くまで呼吸をしていてくれますように・・・。
Aさんの奥さんとハグして、お別れをいった。
祈るような気持ちで見送った。


その後、救急外来から連絡はなかったので、5時ごろホスピスに電話した。
Aさんはホスピスにたどり着くことができ、約2時間後息を引き取ったそう。


このような状況でホスピスへ転送すべきだったのか。
やめるべきだったと考えるスタッフもいた。
でも、ホスピスに行きたいという本人の意思も明確だった。
あのまま病院の大部屋でAさんは亡くなってしまったら・・・。家族も後悔の念でいっぱいだったかもしれない。病院のケアの不満でいっぱいだったかもしれない。


病棟のスタッフ不足は深刻なのはみていて気の毒なくらい。
だからといって苦しむ患者さんや家族をほっておくわけにもいかない。
終末期の患者さんのケアで何が大切なのか。何を優先すべきなのか。
急性期病院の緩和ケア専門看護師として、わたしのやるべきことは山ほどありそうだ・・・・。


br_banner_grape

10年

今から10年前の8月末。
私はイギリスにやってきた。

この10年、本当にいろいろなことがあった。
10年前の私は、まさかイギリスでClinical Nurse Specialistとして働くことはもちろん、イギリスで看護師になろうなんて考えてもいなかった。

日本で看護師をしていたけど、仕事仕事の毎日で何のために仕事をしているのかわからなくなり、辞めてしまった。
自分の好きなことをしよう。
夢だった海外で、イギリスで暮らしてみよう。
それだけの理由でイギリスにやってきた。

生活するのだから、語学留学よりもボランティアをした方が滞在費も安く済むし、介護のボランティアだったら今までの看護師の経験も生かせると思ったから。

当時のわたしの英語力は、中学校レベルであやうくボランティアの面接で落とされるところだった。優しい面接官のおかげで「ボランティア活動前に16週間の英語研修をする」という条件付でOKをもらった。

しかし、看護師の経験を重視され、クライアントの娘さんが英語の先生でもあるからと語学研修無しでボランティア先へ直接派遣された。

その派遣先で出会った訪問看護師さんやクライアント家族に「イギリスで看護師になればいいのに。Hiなら大丈夫」といわれて、その気になっちゃった私(苦笑)

運良く、ボランティアを斡旋してくれた会社がイギリスでの看護師免許取得プログラムを作ろうとしていたので、実習病院の確保やサポートもしてもらえた。

免許をとった後は興味のあったホスピスへの就職。

学費の援助を受けて、優しいスーパーバイザーにも恵まれ、大学で癌と緩和ケアの学位を取得。

イギリスの永住権もとり。自分のフラットも購入。

そして、緩和ケアの専門看護師である、Macmillan Palliative Care Clinical Nurse Specialistになれた。

この10年を振り返ると、私はたくさんの人にサポートされ、たくさんのチャンスにも恵まれ、運がよかったと思う。
私一人の力ではここまでキャリアをつむことはできなかっただろう。


自分があきらめない限り、きっと何とかなる。
だからがんばろう。
とにかくやっていこう。
そう自分に言い聞かせてきた。

そしてこれからも・・・・。


br_banner_maple



すこしずつ・・・。

マクミラン緩和ケア専門看護師(Macmillan Palliative Care Clinical Nurse Specialist)として働き始めて7週間たちました。

私の働いている病院は結構大きく、いまだにいくつ病棟があるのか把握していない・・・。
私の属する緩和ケアチームの活動時間は月~金曜日の9~5時が基本。時間外はオンコールの緩和ケア専門医が電話対応してる。(なので私は夜勤もオンコールなしで土日も休み)

緩和ケアチームに依頼があれば、院内の病棟、救急外来、どこへでも行く。基本は24時間以内に依頼された患者さんに会うということなので、依頼件数によって日々の忙しさがまったく違う。
ポケベルをもっているので、ポケベルで呼び出されて依頼されることもあれば、緩和ケアチームのオフィスに電話が来ることもあり。

在宅のマクミランナースたちとも連携をとっているので、患者さんが入院した場合、彼女たちからも依頼が来ることがある。

主な依頼内容は・・・
・症状コントロールのアドバイス
・ターミナルケアの患者さん・家族のサポート
・退院する患者さんの在宅緩和ケア専門看護師への依頼・連絡・調整
・治癒目的の治療が不可能な患者さんのこの先のケア・退院の相談
などなどいろいろある


先週までは、私なんかがこんな仕事してていいのだろうか・・・と落ち込むことがしょっちゅうで、情けない・・・・。

チームリーダーはとてもサポーティブで、仕事ができなくて落ち込んでしまうと言う私に
「よくやっているし、Hiは完ぺき主義なの?それともカルチャー?今までよりも高いポジションでの新しい役職、だからすぐに仕事がバリバリできるわけは無いよ。」といわれ。

とにかく一日一日を大切に、仕事して、学びながらやっていこうと思う。





br_banner_kokuban

通勤事情 in UK

新しい仕事をはじめて約4週間。
実はロンドンにある病院まで列車と地下鉄で、毎日片道約1時間45分かけて通勤している。

今住んでいる街にある駅からロンドンまでは列車で約45分。
この街に住む人たちでロンドンまで通勤している人は多いので、列車が込んでいたら嫌だなあと思っていたけど、朝の混雑はそれほどひどくなく、列車では座ることができる。

朝が苦手な私にとっては、6時過ぎにおきて、準備して、駅まで歩いて約10分。7時過ぎの列車に乗るのはかなり苦痛。
でも列車に乗ってしまえば、寝ることもできるので、乗ってしまえばなんとかなる。

でも、イギリスの列車、まったく信用できない・・・。

この4週間、乗る予定の列車がキャンセルされたのは4回。
またロンドンからの帰りに30分以上の列車の発車の遅れ2回。
10~15分くらいの列車の発着遅れは数え切れないほど。(5回以上。数えるのがばかばかしくなって止めた・・・)

10分~15分程度の遅れは日常茶飯事のようで、遅れを謝るような車内アナウンスも無いこともしばしば。

なので、朝と帰りに病院を出る前にインターネットで列車が時刻どおり運行されているかチェックするようになった。


周りの通勤客を見ていると、折りたたみ自転車をもって通勤している人が多い。
ロンドンに着くと、駅のホームで自転車を組み立てて、ロンドン市内の職場まで自転車で行くみたい。
また列車によっては、自転車用のスペースがあるので、普通の自転車をもってロンドンまで通勤している人もいる。
イギリスでは自転車は車道を走らないといけないので、ロンドンのような車やバスがぎっしりの車道を自転車で走るなんて、こわそう・・・。
私には無理だ。


そのうち、ロンドンへ引っ越そうかとも考えているのだけど・・・。
やはりロンドンは住居費が高い。今住んでいるフラットと同じサイズのフラットにすむのは絶対無理。
また今住んでいるフラットを売ってロンドンにフラットを買うか、それとも今住んでいるフラットを貸して、ロンドンにフラットを借りるか・・・・。
そしてどのエリアに住むかもまだ決めかねていないので引越しはまだまださきになりそう。


とりあえずは仕事になれるのが先かな。




br_banner_himawari

 

プロフィール

hi_hospiceuk

Hi へのメール
記事検索
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ